最高裁判所第一小法廷 昭和53年(し)57号 決定 1978年10月31日
主文
本件抗告を棄却する。
理由
本件抗告の趣意は、憲法三二条、七六条一項違反をいう点も含め、その実質はすべて単なる法令違反の主張であって、刑訴法四三三条の抗告理由にあたらない。
なお、公訴棄却の決定に対しては、被告人・弁護人からその違法・不当を主張して上訴することはできないものと解すべきであるから、原決定に所論のような違法はない。
よって、同法四三四条、四二六条一項により、主文のとおり決定する。
この決定は、裁判官団藤重光の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
裁判官団藤重光の意見は、次のとおりである。
私見によれば、訴訟条件は実体的審判の条件であって、訴訟条件が具備するかぎりは、被告人は自己に利益な実体的裁判(ことに無罪判決)を求める権利を有する。憲法三二条に規定する「裁判を受ける権利」は、刑事訴訟においては、被告人のかような権利を意味するものといわなければならない。したがって、本件においても、もし被告人が実際には生存しているのにかかわらず、死亡したものとして公訴棄却の決定がされたと仮定するならば、被告人・弁護人はその公訴棄却の決定に対して上訴を申し立てて争うことができるはずである。多数意見が、およそ公訴棄却の決定に対して被告人・弁護人からの上訴が許されないものと解する点には、わたくしは同調することができない。
ただ、訴訟条件が存在することについて挙証責任を負うのは検察官であり、訴訟条件の存否が不明のときは、訴訟条件が具備しないものとして形式的裁判によって手続が打ち切られなければならない。ところで、本件においては、検察官みずからが被告人の死亡の事実、すなわち訴訟条件の欠如を主張しているのである。このばあいにも、弁護側は、被告人に利益な実体的裁判を求めるために被告人の生存を主張・立証することは許されるべきであるが、本件においては、弁護人らは、被告人が検察官の主張とは異なる経緯によって死亡したことを主張するにすぎない。したがって、本件に関するかぎり、抗告裁判所が抗告を棄却したのは正当である。(もし、弁護側が被告人の生存を主張したのにかかわらず、第一審裁判所のした公訴棄却の決定に対して、無罪等を主張する上訴を許さなかったのであれば、私見によれば、まさしく憲法三二条の「裁判を受ける権利」を侵害したことになるが、本件ではそうではないのであるから、憲法三二条違反をいう所論は、その前提を欠くことになる。)
(裁判長裁判官 団藤重光 裁判官 藤崎萬里 裁判官 本山 亨 裁判官 戸田 弘 裁判官 中村治朗)